がっつりマタハラにあった話
今朝、4時半に娘の
『おねしょしちゃった。。(>_<)』
に起こされて、大量の洗濯物の山にため息です。
最近、イライラするのは更年期なんだろうか。
いや、前から普通にイライラしてたよね。
じゃぁ、最近、昔の出来事が妙に懐かしくって、大学時代や
元の職場の人にお手紙でも書こうかななんて思うのも更年期の一種?
なんでも、更年期のせいにしちゃうお年頃です。
そう、、ひと昔前の話。
短大卒業して、バブルが丁度はじけた当時、就職先は激減。
でも、なんだか良くわからないまま、うっかり者の私は、、、
就職が決まらないまま年を越しました。
でも、運命のいたずらで、急に一名求人募集のでた一部上場企業に
しかも、50名の応募があったのに、、、
何故か私がポンッと受かってしまったのです。
で、11年勤務しました。
地方の営業所だし、普通の事務でしたが、今にして思えば、、、
いい給料もらってたなぁ。ほんと惜しいことをした。。。
会社に勤務して10年、今の旦那と夏に結婚して、秋の終わりには妊娠が発覚。
母子手帳は12月にもらってるので、上司に報告したのはいつ頃だったかな。
妊娠の報告をした上司が、
『そっか~』
ビジネスチェアの背もたれに寄りかかって頭に手を組んで
『で、いつ辞めるの?』
は!(;一_一)
今でいうところのマタハラですね。
その当時はそんな言葉の存在はなかったものの、確かに相当腹が立つことでした。
労働組合にこんなことを言われたと訴えようとも思いました。
ただ、、、
その当時、産休はあったものの、育休があったのかどうか、
育休があったとしても、お飾り制度だった時代です(*_*)
営業所で産休をとって、その後も仕事を続けられた人は3人。
産む前 1ヵ月 産んだ後 2ヵ月 計3か月のお休みです。
生後2ヵ月の子供を預けて、フルタイムで働くのです。。
しかも、その3人が3人共に、
以前に実業団チームがあった企業でして、、その選手だった人たち。
この人たちの、身体能力と精神力の半端なさは一緒に仕事をしてよくわかりました。
そして、4人目に産休をとった方がいました。(選手ではない方)
いざ生まれた2か月後にフルタイムで働き出すなんて
到底無理だと思ったのでしょう。(まだ、フレックスタイム制度ががなかった)
退社することになり、会社としても突然の求人募集となりました。
そこで、後任になったのが、私でした。
上司の『で、いつ辞めるの?』には腹が立ったものの、こんちくしょー戦ってやる~
とするには育児と仕事を両立するという断固とした覚悟はありませんでした。
ましてや、一人目の妊娠でこれからどんなことが待っているのか
ほぼ不安しかなかった私。
そして、退社を選びました。
今でも、OL時代のお給料を惜しむ気持ちはありますが、後悔はしていません。
そして、大分経ってから、当時の上司は私の妊娠がわかる前ですが、
事務から営業補佐に移したのは、その後、会社の中での大きな業務移管が
有り、事務系の方はどんどん辞めさせられました。
ということは、少なくとも会社に残そうとしてくれたんだろうな。とか。
つい何年か前には、その上司が道端で突然倒れてそのまま亡くなったと聞きました。
奥さんと息子さんを残して。
大企業を渡り歩く中間管理職であり、大きな業務改革で矢面に立って恨まれたり、
派閥や出世争いやら、大変だったろうなぁ。。。
としんみり。昔を思い出してしまうのです。。最近。
これ、なんだろう。。年なのか。。